プロフィール

 

なぜこの道を選んだのか?

私は福山市で生まれ、育ちました。といっても、芦田町というドがつくほどの田舎です。父と母、それに5つ上の姉、祖父母も一緒に幼少期を過ごしました。小さい頃はすごく人見知りで、でも根は明るい、お調子者の子どもでした。

常に帽子は後ろ向きのゆうや少年(当時3才)

私は幼い頃から、
ヒーローに憧れていました。

当時は、ウルトラマンや仮面ライダーが大好きでした。強いから、という単純な理由もありますが、何よりも困った時に助けてくれる存在に、憧れていたのです。

そんな当時の私にとって、身近なヒーローは父でした。

父はサラリーマンで、三交代勤務でした。なので、日勤だけでなく、夜勤も行っていました。一緒にゆっくり過ごせるのは、日勤から帰った後の時間、そして土日の休みぐらいでした。限られた時間ではありましたが、それでも父は、ゲームをして遊んでくれたり、料理も得意で、色々つくってくれたりしました。私が小学3年生の頃からはじめた野球の、いちばんの練習相手にもなってくれました。

父は私の「プロ野球選手になりたい」という夢を本気で応援してくれ、時に優しく、時に厳しく、私を支えてくれました。

広島県代表として中国大会にも参加できました(当時12才)

辛い経験もしました。

小学5年生の12月でした。それは私が当時、大嫌いだった塾「公文(くもん)」の日でした。公文には5才ぐらいから、姉が通っているのをみて、「僕も行きたい!」と通いはじめたのですが、はやく始めるほど、勉強の進み具合もはやくなり、当時は数学・国語・英語、いずれも高校生の内容でしたので、すごく難しかったのです。

行くのが本当に嫌でした。体調が悪くもないのに、無駄に体温を計り、「少しでも微熱があったら言い訳できるかも…」と思っていたほどです。

しかし、その日は、母が仕事から帰ってきてすぐに、「今日は公文を休まなきゃいけない」と言われました。内心嬉しかったのですが、その後、続けて「おばちゃんの体調が悪いから、病院いくよ」と言われました。

伯母は、以前から病気で、入院をしていました。
しかし、私からしたら突然のことで、心が追いつきません。約2時間ほど車に乗り、いざ病院に着くと、変わり果てた姿の伯母がいました。

薬の影響で、全身が浮腫み、パンパンになっていました。

「おばちゃんは悪いことしてないのに…
なんでおばちゃんだけがこんなことになったの…?」

心の奥でその言葉がずっと繰り返されていました。

その日の夜、伯母は病室で亡くなりました。

お医者さんからは「できることは尽くしました」と言われました。
しかし、残された私や家族は、後悔しかありませんでした。

今できることを精一杯やる

伯母が色んなことを抱えて生きていたことを知ったのは、
亡くなってしばらく後のことでした。
「それが病気の原因かもしれない」そう思うのは簡単ですが、
それを確かめる手段も、方法も、ありません。
確かなことは、伯母が「もう戻らない」ということです。
だからこそ、私は思いました。

「後悔しないよう、精一杯に今を生きる」

ありきたりな、よく聞く言葉ですが、
だからこそ、本当に大切なのだと伯母が教えてくれました。

医術を提供できる人になる

そんな私が、本格的に「医療」へと進路を決めたのは高校3年生の時でした。
自分自身、ケガが多く、満足に野球ができない時期もあったため、
そんなケガで苦しむ子どもを「少しでも減らすことができたらいいな」
そう思って、整骨院の先生の資格を目指そうと思いました。

カリフォルニア州立大学での実習にて(当時21才)

その上で専門学校へ進学したのですが、
様々な勉強するうちに「自然治癒力」という言葉に出会いました。

自然治癒力とは、
「どんな不調も病気も、
体が自分で治そうとする力」
のことを言います。

「自然治癒力が生かせる状況・環境にいれば、
もしかしたら伯母のような病気になった人も、
病気の可能性がある人も救えるかもしれない…」

運命を変えた1冊の本

当然、医師免許もない状態ですから、
病気自体を扱うことはできません。

しかし、
人の本来の治癒力を取り戻すために
体をよくすることが提供できれば、
すごく価値があることではないか?と思いました。

誰かのヒーローになるために

私は今現在、整体院の先生として、
患者様に向き合っています。
しかし、ありきたりな
“施術を受けたらハイ終わり”の、
「単なるマッサージ」などの整体ではなく、
施術と共に
「自分自身で健康になる方法」をお伝えしています。

その場で「痛みが楽になった」といった、
目先の結果だけではなく、
5年、10年、20年先に起こり得るかもしれない、
命に関わる・人生を左右する「病気の芽を摘む」ための
日々の取り組みも重要だと思うからです。

私にできることは限られています。
しかし、無力ではありません。

「どこにいけばいいんだろう」
「自分はこの先どうなるんだろう」

そんな行くあてもなく悩み苦しむ人たちのために、
自分にしかできないことを提供していきます。

そして、それが結果的にほんの少しでも、
「誰かのヒーロー」になれたらいいな、と思います。