プロフィール

『地元福山から広島を元気にしたい!』

ルリアン整体院~LeLien~
院長 河村悠矢

はじめまして。院長の河村悠矢です。ホームページをご覧いただき、そして、このプロフィールをご覧いただき、心から感謝申し上げます。このページを見られているあなたは、ルリアン整体院、もしくは私自身にご興味を持っていただいたのだと思います。それは、私にとって非常に喜ばしいことです。

まだお逢いされたことがない方にとって、初めての場所へ行くのは、非常に勇気がいることです。ましてや、それが治療院となると、尚更のことと思います。ですので、ここでは、少しでも親近感が湧き、「ちょっと行ってみたいな。この人に相談してみたいな。」そう思っていただけると幸いです。

生い立ち

私は福山市出身で、幼い頃、ここ福山市の、芦田町というところで育ちました。芦田町は福山でもかなり田舎のほうに当たります。5つ年上の姉がおり、自分でも「甘えん坊」だったと思います。

そんな私は、小学3年生から、少年野球を始めました。幼い頃から、外での遊び道具が、「バット」と「ボール」だった私にとって、本格的に野球ができることは、楽しみでもありました。

初めての挫折

主にピッチャーとして試合に出ていた6年生の春の試合中、今まで感じたことのない痛みを右肘に感じました。診断名は「野球肘」。全治3ヶ月でした。

まともにボールが投げられない…
バットも振れない…

この時、初めての挫折を味わい、同時に「健康の大切さ」を学びました。

みんなを苦しませた「痛み」

当時の私は、野球が大好きでした。だからこそ、思いっきりプレーできないことが、苦痛でした。ただ、それ以上に感じていたのが、両親への申し訳ない気持ちです。休みを削って、自分のために費やしてくれる両親に対して、唯一できることが、試合で活躍する姿を見せることだったからです。反対に、そのような落ち込む息子の姿を見て、両親もまた、辛かったことでしょう。この時、私は幼いながらに「痛みは、自分に関わる大切な人にも、辛い思いをさせる」ということを学びました。

苦しい思いをさせたくない

それから私は、スポーツドクターや、理学療法士の先生、スポーツトレーナーの投球動作の指導などを経て、ケガを克服しました。もちろん、スポーツにケガはつきものですから、選手として、それから何度かケガに苦しみましたが、専門学生の2年生までやり抜くことができました。しかしながら、その途中で、ケガを理由に辞めていく優秀な選手をたくさん見てきました。ケガをし、自分の意志とは反対に、野球を辞めなければならないことは、とても辛いことだと思います。しかし、それは野球選手だけに限りません。一般の方も全く同じです。ある日、思いがけない体の不調をキッカケに、自分の生き甲斐にしていることができなくなることは、とても辛いことであり、周りの人をも悲しませる結果になります。だからこそ、「苦しみを持った人間をつくりたくない」「何かできる範囲で携わってあげたい」そういう思いを持つようになりました。

医療人としての道

専門学校では、2年目から、スポーツ科から医療科へと内部進学をし、医療国家資格である「柔道整復師」になるための授業が始まりました。はじめのうちは、骨の名称や筋肉の名称を覚えるだけでも精一杯でした。「このままではついていけない…」そう思った私は、休日を使い、自分で勉強会に参加するようになりました。学校からいざ外の世界へ出ると、大学生や社会人のトレーナーなど、多くの方との出会いがありました。そこから私は「自分にしかできないことをやりたい」「この人たちにも負けない存在でありたい」そう思った結果、恩師となる、ある先生とのご縁に繋がります。

恩師との出会い

先生との出会いは、ある勉強会でした。私はひとりの受講生として、参加しました。先生は、一般的な「整体」の範囲内にとどまらず、アトピーや不妊症、原因不明の疾患などといった、様々な患者さんを相手に治療をされ、多くの結果を出されていました。はじめは半信半疑でしたが「これがもし本当なら、多くの困っている人を救える…!」という希望を持ち、学校とは別に、師から学ぶことを決意しました。もちろん、金額もそれ相当のものでしたが、それ以上に、自分の大切な人が「もしも」の時は、自分が救える存在でありたい、そう思ったからでした。

時間が最も尊い

恩師の先生に「時間を与えられる人間が、一流の治療家だ」ということを教えていただきました。当時の私には、あまりピンときていませんでしたが、臨床を重ねる毎に、その言葉の意味を深く深く、実感するのでした。今ある1分、1秒が、限られた残りの命であるということ…。それは有限のものであり、治療家として、患者さんの残された時間を、いかに有意義な時間に変えられるかが、どれだけ価値のあるものなのか?を実感するようになりました。業界用語ではよく「QOL(Quality Of Life:人生の質)を考える」と言いますが、QOLこそ、まさに「患者さんが望む、いちばんの命の使い方ができる」ということだと実感しました。

日常こそが1番の学び

医療に携わるようになってから毎日が、気づきや学びに溢れていることを実感しています。学んだことのひとつに「与えることの素晴らしさ」があります。日々の臨床では、痛みや痺れといった症状によって困った患者さんが、次々とやってきます。「自分の手ではどうしようもない…藁にもすがる思いできました」と口にする患者さんを目の前にし、「私は一体何が与えられるのか?」「この人にとっての幸せは何なのか?」を日々考え、実践する習慣が身につきました。このことが生かされるのは、何も臨床だけではありません。私生活においても、周りにいる家族や友人、知人に対しても、そういった「思いやりの心」を持てるようになりました。これは、人としての成長だと実感しています。そして、相手に思いやりを持ち、精一杯尽くすことで言われる「ありがとう」の言葉こそ、私の心を満たしてくれる原動力であることもまた日常の中で、学ばせて頂きました。

「生きる」ということ

生きていれば、様々な出来事があります。何事もうまくいく「上り坂」があり、かと思えば、何事もうまくいかない「下り坂」があり、うまくいっていると思っていた矢先、予想外の出来事が起こる「まさか」があります。順風満帆な人生の旅などは、ありえないのです。そんな人生の中で大切にしたいことこそ、「思いやりの心を忘れない」ということです。私の好きな詩があります。それは、「相田みつを」さんの次のような詩です。

奪えば、足らぬ
与えれば、余る

人生という旅路の中で、自分が苦しい時こそ、自分勝手になってしまう…それは多く方がそうなります。しかし、相手から「何を奪ってやろうか?」「自分が得することは何か?」を常々考えている人は、とても息苦しく、一緒にいて、とても心地のよい存在にはなれません。それとは反対に、「この人にとって、私が与えられるものは何だろうか?」そう考えてくれる人がいるだけでも、そこには、小さな幸せが生まれると思うのです。私はそんな世界を、小さなところからではありますが、作っていきたいと思っています。人間は、誰しも、弱い生き物です。自分のことで精一杯です。だからこそ、そんな弱い人間にならないように、訓練する場が必要です。私にとって、医療人になったことが、その1番の訓練の場であり、実践の場となりました。とは言っても、私もまだまだ未熟な人間です。しかし、そんな自分もまた「人間らしくて良いな」と思うわけです。自分を許すことが、目の前の人 (患者さん)を許すことに繋がり、患者さんもまた、自分を許すことで、「次から変えられたらいいじゃないか」と思えます。追い込むのではなく、前向きな姿勢で、でも、自分には負けずに、人としての強さを身につける…。これが私の理想とする幸せな世の中です。そして、強さとは「優しさ」であり、「思いやり」であり、その強い人から、幸せが生まれるのだと信じています。ルリアン整体院から、福山を。そして、広島を幸せにしていけたらなと思っています。